地元鹿児島時代に住んでいた子供の頃から、サッカーが好きでした。
実際の私のプレースタイルというと、技術は0で、陸上部時代に培った唯一の長所だった走力も年を重ねるごとにごっそり落ちて、
もはや、今では口だけでサッカーをプレーする、サッカー好きのただの動けなくなったおじさんですが、今でも仕事の合間に時間を見つけては年に数回、仲間内(みんなおじさん)でボールを蹴ってます笑
鹿児島は、知る人ぞ知るサッカーどころで、代表選手やプロ選手が多く生まれます。ほとんど毎年途切れることなく、鹿児島出身の代表選手がおり(最近の日本大丈だと、はんぱねー大迫選手やGKの大迫選手、少し前は遠藤選手や松井選手、古くは城選手や前薗選手などなど…)、そんなサッカー県が地元なので、自ずと郷土出身の選手を応援しているうちに、サッカーにはまっていました。
ただ、九州には今でこそ、多数のJリーグチームがありますが当時は、やっとアビスパ福岡ができたくらいで(大分トリニータもまだだったかなー?)、当然学生の私には中々見に行けるチャンスもなく、テレビで見るだけの世界でした。
年に1−2回のプレ試合でどこかのJリーグチームが鹿児島にきた時は、必ず観戦に行ったものです。
(私の地元は鹿児島でも人口数千人の田舎町で、鹿児島市内までは数時間に1本の電車に
2時間近く乗って向かわないといけないような山奥ですから、毎年Jリーグチームの試合が見れることを心待ちにしていました)。
そういえばトルシエジャパンが2002年W杯の最終選手選考で鹿児島合宿にきた時(当時は高校三年生)、友人と原付走らせて鹿児島空港に早朝から待機して、一日中出待ちしたことを思い出します。
18歳で関東に上京し、Jリーグのチームを観戦することは割と簡単な上身近にもなっりましたが
(近隣にも横浜マリノス、川崎フロンターレ、横浜FC、FC東京、FC町田もありますね)、
やはり数年前、ついに念願の地元にJリーグチームができた時は心から嬉しく思いました。
いよいよ来年で、関東に住んでいる時間が、鹿児島にいた時間を上回ってきますが、
いつの日も、私が育った鹿児島への感謝と、薩摩人としての誇りを持って生きている私にとって、
地元にこれから先も恩返しをしていきたいとい思いがある今回、この願いがほんのわずかですが、
実現したことを心から嬉しく思っております。
道のりはいつも順調な訳ではない。
昨年J3に降格し、再チャレンジ。
転んでも転んでも、起き上がるそんな鹿児島ユナイテッドFCの姿はなんだか、
自分の人生にも重なっていて、より応援したくなります。
とまぁ、話長くなりましたが、
地元のJリーグチーム「鹿児島ユナイテッドFC」の2020年公式スポンサーの一社として応援させていただくことになりました。
微力ながら地元に少しでも貢献できればと思っております。
「おいもきばっからよ。」
よかにせイレブン!
鹿児島を一つに!!
けしん限いきばいやんせ!!!
STartcreation株式会社(スタートクリエーション株式会社)
代表取締役 永野隆満